羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家にみる成功要因

こんにちは。
今回は羽柴秀吉と柴田勝家を見ながら
成功するマインドセットを考えて行きたいと思います。
 
その前に、さらっと両者の関係をおさらいしましょう。
 
両者とも織田家の家老をやっていました。
柴田勝家が筆頭家老。信長の次に偉い人ですね。
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一方、秀吉はというと・・
柴田勝家>丹羽長秀>明智光秀>羽柴秀吉>滝川一益
つまり、4番目の位置です。(本能寺の変の前は)
 
本能寺の変の直後
柴田勝家>丹羽長>羽柴秀吉>滝川一益
に変わりましたので、3番目になりました。
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つまり柴田勝家が一番偉いのは変わらない。
この辺りは見方や時期によって違うのですが、
織田家の筆頭家老が柴田勝家なのは勝家が死ぬまで変わる事はありませんでした。
 
では、なぜ秀吉が天下を治め勝家が負けてしまったのか?
この要因はたくさんありますが、
例えば清洲会議後、【信長の葬儀を行う権利を勝家は放棄してしまった事】もその一つと言えるでしょう。
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放棄された信長の葬儀を行ったのが秀吉でした。
それはもう盛大にやったようです。
 
盛大に執り行われた信長の葬儀の実質的な喪主として秀吉がいた。
これは秀吉の世間に対する【信長の後継者は秀吉】だというアピールになりました。
なりましたというか、秀吉はそれを狙ったのですが。
 
勝家は自分で喪主を務めれば良かった物を、
わざわざ秀吉にくれてやる形になり、
秀吉の名声を高めるハメになった。
 
結果的にはそうなります。
勝家自身はそんな事とは思っていなかったと思いますが。
 
事の重大性が分からなかったんですね。
これが秀吉が勝家を押さえて天下を取った大きな要因です。
 
これってビジネスにも通じますよね。
 
事の重大性に気付けなければ、大きなチャンスを逃します。
それにどんな意味があるのか?
同じ文章を読んでも、すごく勉強になる人もいれば
『意味分かんない。』で終わる人もいます。
 
どちらが活躍出来ると思いますか?
それは後者に決まってますよね。
 
でも僕がお伝えしたいのは、『頭がいいと有利』という事ではありません。
だって『意味分かんない。』時ってよくありますから。
 
でも、その後どうするかで成果に差が出てくるのです。
 

  • 『意味分かんない。』⇒もういいや。
  • 『意味分かんない。』⇒調べてみよう。

 
調べてみようの人が活躍出来ます。
ここまでは当たり前ですよね。
 
ただ『調べてみよう。』にもパターンがあります。

  • 『調べてみよう。』⇒検索すれば出てきそうなのに、すぐ人に聞いてしまう。
  • 『調べてみよう。』⇒まず自分で検索しよう。

 
これどっちが正解だと思いますか?
短期的に見れば人に聞いた方が早いと思います。
だって親切な人ならすぐに教えてくれますから。
 
でも、もし自分が聞かれる立場だったらどう思いますか?
例えばあなたの友達がLINEで
「柴田勝家って何した人?」とか聞いてきたら・・・。
 
「それ私に1〜10まで説明しろって言うの?」
って思いませんか?
 
はたまた、
「富士山て標高何m?」とか
「日本で2番目に高い山ってどこ?」とか
『自分で調べれば?』と僕だったら思いますし、
自分の時間を大切にしてる人なら皆同じような気持ちになると思います。
 
人の時間を奪ってまでする質問か?と。
 
友達とお茶とかしてて、その会話の中でならわかるんですよ。
でも、そうじゃないなら『調べれば?』です。
 
『信長の葬儀にどんな意味があるのか?』
『調べれば?』です。
 
勝家くらい偉い人になると周りが調べてくれると思うので、聞けば良いですが、
勝家にもうちょっと機転の利く所があれば天下は勝家の物になったかもしれませんね。
 
言ってしまえば勝家のリテラシーの低さ
秀吉に天下を取らせる要因となったのだと思います。
 
 
情報リテラシーを高めることは非常に大事な事です。
これは忘れないようにしましょう。

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