項羽と劉邦のリーダー論!信長との意外な共通点とは?

新年あけましておめでとうございます。
2015年の一記事目です。
 
巷では【信長のフェフ】や【信長行進曲】など、
信長関連のドラマが流行っているイメージです。
 
信長ってすごく人気がありますよね。
【戦国最強の男!織田信長!】と言った感じでしょうか?
 
でも、信長ってはじめは負けまくっていたんですね。
で、なんとかかんとか天下統一一歩手前までいけたのが真実です。
(これは解釈の違いによるので読者さんと違ったら住みません)
 
それを思った時、信長と劉邦は本当によく似ているなと思うのです。
劉邦とは漢の始皇帝劉邦です。
 
劉邦のライバルとして項羽というとてつもなくカリスマ性があり、力強く
家柄もいい(将軍家=日本で言う大名みたいな感じ)男がいました。
 
項羽は戦ったら【全戦全勝!】みたいな感じのすごい男です。
一方、劉邦は?というと、
【全戦全敗!】なんでそんなに弱いの?という感じ。
(途中までは)
 
彼らが、当時中国を支配していた秦国を滅ぼす競争をするわけです。
そのあと詳細は割愛しますが、項羽と劉邦の間で色々あって、
結局劉邦が項羽に勝利し漢国を作るわけです。
 
何故そんなに弱い劉邦が秦国を滅ぼし、項羽にまで勝利出来たのか?
すごく謎です。
 
でも、信長も初めは負けまくっていて天下統一目前まで行ったのです。
劉邦と信長に共通していた事・・それは・・
 
有能な部下。
劉邦には

  • 【天才軍師の張良(ちょうりょう)】
  • 【政治家の蕭何(しょうか)】
  • 【大将軍の韓信(かんしん)

信長には

  • 【筆頭家老の柴田勝家】
  • 【丹羽長秀】
  • 【明智光秀】
  • 【羽柴(豊臣)秀吉】
  • 【滝川一益】

などすごいメンバーが集まっています。
 
そしてもう一つの共通点が【逃げ足の速さ】
死ななかった事ですね。
 
しかし劉邦は漢の国を作り、項羽と信長は出来なかった。
この差はどこにあるのか?
 
それは、織田信長と豊臣秀吉の差でもあります。
その意味では織田信長と豊臣秀吉の長所を兼ね備えていたのが劉邦と言えるかもしれませんね。
 
では劉邦と秀吉にあって、信長に無かったもの・・・
それは・・・愛。
 
既にご存知の通り織田信長は部下であった明智光秀の謀反により殺されました。
【本能寺の変】ですね。
要するに『この人にはついていけない!』と思われてしまったんです。
 
それは信長が弱かったからではなく、愛が無かったから。
【比叡山延暦寺焼き討ち】では女、小人関係なく殺したし、裏切った部下は絶対に許さないなどのエピソードが物語っています。
 
では劉邦と秀吉はどうだったのか?
彼らは無用な殺人はしなかった。
 
敵が降伏してくれば受けれて、許してあげたんですね。
「お前よく戦ったな。疲れただろ。飯でも食えよ〜!」って。
 
その噂が広まって、
「降伏すれば許してもらえる。ご褒美をもらえる事もあるらしいぞ!」と言う事で敵が降伏してくれやすくなり、
無駄な戦いをせずに済みました。
愛があったから
 
ちなみに項羽は敵を許さなかったので無駄に戦っていました。
 
愛は大事ですね。
 
以上をまとめると

  • 逃げ足の速さ(死なない事)
  • 優秀な部下(パートナー)

が重要だと言う事です。
 
ビジネスに置いてもこれは必要な事ですね。
お互いに忘れずにいきましょう。

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